貝木泥舟全セリフ2
♦︎ 恋物語 後篇
【第24話 ひたぎエンド 其ノ肆】
ん?
俺がこのホテルに宿泊していることを知っている人間は果たしてどれくらいいるだろう? だが、俺の所在を突き止めたとしても、鍵のかかったホテルの部屋の中に手紙を置くなんて、そんなことはだれにも不可能だ。 まさかホテルの従業員に敵の内通者がいるのか? 敵、敵とはなんだ? 俺が今敵にしているのはあの幼い神様じゃなかったのか? 俺はひょっとするととんでもない組織を相手にしているのかもしれない。
戦場ヶ原、聞きたいことがある。
起きろ、戦場ヶ原。
むにゃむにゃとか言うな。
それ寝ぼけてるじゃなくもう寝てるだろ。
いや、今日は来なくていい。そうではなく、聞きたいことがある。
俺とお前との間に真面目でない話があるのか?
別の問題が起きた。だから聞きたいことがあるんだ。
お前、というかお前と阿良々木かな、後は忍野忍と羽川って奴もか。 要はその辺の連中が千石撫子の問題を解決しようとしている時に、 つまり、俺に騙しの仕事を依頼する前に誰かに邪魔されたことはあるか? 邪魔、というか警告されたりしたことはあるか?という意味の質問だと思ってくれていい。 例えば、手を引けと書かれた手紙が届いたとか。
俺は仕事の報告を兼ねて今日あった出来事を戦場ヶ原に教えるのだった。 とは言え、勿論その全てではない。 ただ、斧乃木の事、それに臥煙先輩の事はここでは言わざるを得なかった。
暫く前にその街に来ていたらしいが、お前会っているか?
あぁ、なんだお前も知っていたのか。じゃあ臥煙先輩はじゃあ阿良々木や羽川?とかに言っているわけか? 俺に対して言ったように手を引けと。
そりゃそうだ。
ふん。
だろうな。俺にも強要はしなかった。
海外?忍野を探しにか? まぁ、じゃあいい。ともかく臥煙先輩は俺が失敗することを恐れているらしい。 あり得ない事だが、俺がお前の依頼を完遂できず千石撫子を騙せなかったパターンを。
いや、つまり騙そうという策略そのものに千石撫子が逆上することを恐れているという意味だと思う。
あぁそうだな、その通りだ。 なんだ、手を引いてほしかったのか?
300万円以上の金をせしめる算段など立てる必要はないだろう。 俺はすでにその金を手に入れたんだから。
仕事を続けようと辞めようと同じ額がもらえるのだから、そりゃ続けるさ。 簡単な理屈だ。
それは子供の理屈だな。大人はそう簡単には仕事を投げ出さない。
とは言え臥煙先輩の事はもういいんだよ。 済んだことだ。あの人俺が300万円を受け取っておきながら手を引かないからといって実力行使に出るようなタイプじゃない。 同じ忠告を2度する人でもない。 だから不思議なんだよ。 ホテルの俺の部屋に留守中侵入し、同じメッセージを書いた手紙を置いていったキャッツアイはいったい誰なんだろう?
ん?
なるほど、検討に値する推理だな。 尾行者はこの件とはまるで無関係な別件な奴かも知れないがな。
いつものことだ。気にならん。 むしろいつもの事の方が俺にとってはありがたいな。 せっかく簡単にまとまりそうな仕事がここにきてややこしくなるのは困る。 で、お前に電話した訳だ。ひょっとして心当たりがあるんじゃないかと思ってな。
言わなくてもバレることはあるだろう。 例えば阿良々木家の廊下で俺と話しているのを誰かに聞かれたとか。
おいおい、阿良々木はそんな真似をする奴ではないだろう。
そうだな。ま、なんにしても念のために調べておくかぁ。 その手紙の差出人は臥煙先輩と違って千石撫子を騙す上で俺の邪魔をしてくるかもしれないしな。
あぁそうだ。筆跡は意図的に特徴を消している感じだった。
心当たりはないんじゃなかったのか?
うん、その用心深さは悪くないが不可能だな。 その手紙はすでに破いて捨てた。
トイレに流したからつなぎ合わせることも不可能だ。
証拠?俺は警察じゃないぞ。それにお前は良く知っているだろう。 俺はいらない物や不愉快な物は手元に残さずにさっさと捨てることにしているんだよ。
なんだ?お前俺に捨てられたのか?
ま、俺の部屋につまり俺に出されていた手紙だ。 仕事の一環として俺が何とかするからお前は気にしなくていいし、お前は何もしなくていい。 阿良々木とイチャついていろ。
それは心がけというよりも、俺が手を引いたりあるいは裏切って逃げたりした場合を想定してということだろう。 懸命だ。ま、何をしているかは聞くまい。
なんだ?
あぁ、いや嘘偽りはある。 勿論100回もあの階段を登るつもりはない。 ただ、1月の末までは毎日通おうと思っている。
だから出費はおよそ30万円といったところだな。 必要経費ではあるが臥煙先輩からの手切れ金で十分に足りる。
戦場ヶ原、なんだお前妬いているのか?
悪かった。
お前、千石撫子とは以前から知り合いだったのか?
なのにどうして魔性だと断言できる? 俺はただの馬鹿だと感じたぞ。
分かったよ。お前からのありがたい忠告、聞いておこう。 そうだな、毎日は会いに行かない方が良いかもしれないな。
ウロボロスでのあやとりなんて人生で1回経験すればたくさんだ。
あやとりの紐を買った後、俺はついでに何か買っていくことにした。 賽銭箱に1万円札を入れればあの蛇神様は撫子だよーと楽しげに登場するのだろうが しかし戦場ヶ原からそれをキャバクラに通っているみたいと言われたのを もしかすると俺は気にしているのかも知れなかった。 考えた末俺は日本酒を買って行くということにした。 キャバクラで働く憧れの女性になかなか地酒を買って持って行く男もいないだろうという判断だ。 女子中学生に日本酒を飲ませるつもりかという倫理的な非難はこの場合当たらない。 あいつはもう女子中学生でもなければ人間でもない、神様である。 御神酒あがらぬ神はなしと言う。 むしろこの日本酒を飲まないくらいだったらあいつは神様失格ということになり ある意味問題は解決するとさえ言える。
構わん。
今日の分だ。あと、差し入れだ。
いける口らしい、残念ながら神様のようだ。
米からできているのが日本酒、大麦からできているのがビールだよ。
ほら、持ってきたぞ。
暇つぶしと言うがな千石、あやとりもなかなか奥が深いんだぞ。
俺は貝木泥舟という。といった自己紹介はあまり必要なさそうだな。 さしずめ戦場ヶ原や阿良々木から俺の事は聞いているとかかな。
子供がそこまで畏まった言葉遣いをするものじゃないぞ。 俺に話があるんだろ?聞くよ、聞かせてもらうよ。 俺の方もお前に話がないでもない。
俺は戦場ヶ原から、お前は今海外にいると聞いていたんだが、あれはなんだ? 俺とお前との接触を防ごうという、つまり戦場ヶ原の嘘ってわけだったのか。
ほぅ。
突破口。
目を盗めるというのは誰のだ?千石撫子のか?
そうだな、お前は臥煙先輩から直接忠告を受けたと聞いている。 何と言うか災難だったな。
一瞬戻って、そんな貴重な時間に俺と接触する意味があるのか?
俺は構わないがしかし。
なぁ羽川お前は俺に話があるし、俺もお前に話がある。 だからそれについて話をするのはやぶさかじゃない。 というか望むところなのだがその前に意志の統一を図っておいていいかな?
あぁ、どうも今回の件じゃ色んな奴が色んな事を考えて様々な思惑が交錯しているようなのでな。 俺のような仕事を生業としている者には人の気持ちが1番大切なんだ。
だから知っておきたい。羽川、お前の立ち位置は戦場ヶ原や阿良々木を助けるって方向で良いんだな?
神に誓うか?
お前は聞かないのか?
お前からは俺に対して何も聞かないのか? 俺の立ち位置、というか俺の気持ちってやつを。 依頼人である戦場ヶ原はえらく気にしているぞ。 お前はそれを俺に確認しないのか? どうして俺が戦場ヶ原の依頼を受けたのか? そして本当にその依頼を全うする気があるのかどうかを。
待て。どうして聞かない? 俺の気持ちなどお見通しとでもいうつもりか?
そんなことは聞くまでもないということか。 ふんっ、どうやらお嬢ちゃん、お前は何でも知っているんだな。
いいだろう。
本題に入ろう。お互いに情報交換ってやつをしようじゃないか、羽川。
【第25話 ひたぎエンド 其ノ伍】
こうして俺はようやくこの数か月の間にあの街で起こったあれやこれやを正確に把握したのだった。
羽川から聞いたお陰で、少なくとも戦場ヶ原から聞くよりは事態を客観的に把握できた。
千石撫子が神様になった経緯や、その際に起こった被害なども詳しく知ることができた。
それに臥煙先輩が臥煙伊豆湖があの街で何をしたのかも。
まさかあのヴァンパイアハーフエピソードまで引っ張り込んでいたとは、ほとんど滅茶苦茶である。
ふん、何と言うかあれだな、その話を聞く限りキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが来たからあの街が霊的に乱れたというよりは、あの街が霊的に乱れていたからキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが引き寄せられたとみた方が正しそうだな。
罪のない1人の女子中学生ねぇ。
いやいや。 そう言えばお前は千石撫子と接点を持っているのか? 持っているとすればどのような印象を受けたんだ?
相手にされてない?クラスで無視されていそうとか、そういうことか?
それを俺に期待するなよ? 俺が受けている依頼は千石撫子を騙す事だ。
ただ千石撫子を救うというのが、千石撫子を人間に戻してやるという意味なら一考しておけよ、羽川。 神様になった千石撫子とお前はまだ話したことがないんだと思うが、あいつは今幸せそうだぞ。
そうか。
まぁそう思うのならそう思っていればいい。 俺があいつを騙した後、あいつを助けてやれ。
なんだ?この状況で今更失礼もないだろう?
変な言い回しだな。戦場ヶ原にも言ったがあの娘を騙すことは容易いよ。 心配するな、羽川。俺はあらゆる書類に判子を付かない男だが、しかしそこだけは太鼓判を押せる。
あいつに家族なんていないよ。俺にもいないがな。それがどうかしたか?
あいつには兄も弟も姉も妹もいない。いないよ。 元々いた家族がいなくなったんじゃなくて、家を出たとかそういうことじゃなくて、あいつは元々天涯孤独なんだよ。
そんなものがあったのか?クローゼットねぇ。気付かなかった。
何が入っていたんだろうな。
そうじゃない、何の役にも立たないくだらない物だ。 危うくそう言いかけて、俺は寸でのところで踏みとどまった。 不思議だ。どうして言いかけてしまったのだろう。あんなくだらない物。
それからしばらくは蛇神様、千石撫子のおわす北白蛇神社に通うだけの地味な日々が続いた。 俺は毎日のようにというか、本当に毎日北白蛇神社に行って千石撫子と遊んでやった。 参拝なのに遊んでやった、というのはえらく不遜な物言いだが、 しかしその言い方が1番適格だという気がするのだから仕方がない。 どうやら千石撫子は日本酒が気に入ったようなので、俺は何日かに1度の割合で一升瓶を下げて神社へと向かった。
羽川から忍野が街に滞在していた時宿にしていた学習塾跡の廃墟があるらしいということを聞いて1月の中ごろ、 ちょっとした気まぐれで俺はその場所を訪れた。
もっとも建物自体がなくなっていたのでその目的に関して言えば、 あまり満足のいく結果になった、とは言えないのだが。 ただ、面白い偶然があった。 俺は空き地となったその場所で、偶然知り合いの沼地蠟花という少女に会ったのだった。 何年か前、別の街であった子供だが、なんとこの街の人間だったのか。 それはいずれ役立ちそうな情報だった。 例えば将来神原駿河とかかわりを持つ時とかにな。 そして1月が終わった。
2月になった。予定日である。
あぁ、いよいよそういうことだ。
緊張しなくていい。今日の夜に電話をかける。それが最後の報告になるだろう。 後は阿良々木と祝杯をあげる準備でもしておくんだな。
何かあったのか?
それは、俺も同じ気持ちだな。 お前とこうやって密に連絡を取れるのは2年前を思い出してなかなか楽しかったよ。
いや、その必要はない。悪い冗談はよせ。 あぁ、でもこれはアフターフォローってわけでもないんだが、戦場ヶ原。
念の為に繰り返しておくんだが、お前阿良々木にはしっかりと言い含めておけよ。 今は受験勉強で忙しいかもしれんが、俺が千石撫子を騙したところで その後あいつがのこのこ北白蛇神社に千石撫子に会いに行ったりしたら、その時は全てが台無しだぜ。
恋人だろう?だから他に手がないのなら、もう冗談じゃなく、私の為に我慢してとか、 私と千石ちゃんとどっちが大事なの?とか、そんな風に甘えて説得しろよ。
だろうな。 じゃあ、だったらいきなりじゃなく言えばいい。 俺が1月を丸々使って千石撫子に取り入ったように、お前は2月を丸々使って阿良々木に取り入ればいい。
駆け引きなんかしたことねえよ。 ま、差し当たりタイムリミットはなくなったんだ。 もしも千石撫子を救いたいというのであれば、それはお前たちが大学生になった後でも遅くはないだろう。 なぁ戦場ヶ原、1つ聞いていいか?
お前、阿良々木のどこが好きなんだ?
よく分かんねぇな。 今はそんな風に熱が入っていて、お前は阿良々木の為なら自分の命も犠牲にするほど入れ込んでいるみたいだが、 どうせ大学生になったらあっさり別れたりするんだぜ、お前達は。
とにかくおめでとう。大好きな阿良々木共々生き残れて良かったな。
ふっ、つもりだな。 心配無用だ。お前が学校から帰ってくる頃にはすべてが解決しているよ。
なんだ?
おぅ。
安心しろ。俺は約束を破った事がない。
今更何の用だ?俺は臥煙先輩には縁を切られたはずだが。
揺るげよ、そこは。 貝木と呼べ。
臥煙先輩に言われて来たのではないのか?
こんな偶然があるっていうのは世の中ってのは不思議なもんだな。
この世を生きやすいと思ったことなんて1度もないさ。 自分の人生を安いと思ったことなら何度かあるがな。 臥煙先輩にだって敵対勢力がないわけでもないんだ。 そいつらを適当に騙しつつ暫くは凌いでいくさ。
どうやら、何か誤解があるようだな。訂正しようとは思わないが。
ふん。
面白い見方をするなぁ、お前は。 俺はただ行きがけの駄賃に、仕事中目についた俺の取り分をピンハネしようとした宗教団体にちょっかいをかけてみただけだというのに。 だがまあ、大した金にならなかったのも事実だし、どう思ってくれてもいいさ。 そんな良い奴だと思われて俺が損をするわけじゃない。あれは仕事としては失敗だった。
あんな先輩に先輩面されるのは気に入らないな。
あぁそうそうその通り。実は俺はとても良い奴だったんだよ。 そういう子供を想う心優しい奴だったんだ。 悪ぶってるだけの奴だったんだ。詳しいじゃないか、よく知ってるなお前。 でも人に言うなよ。恥ずかしいから。
そうそう、そうなんだよ。いやぁ理解できていなかったな、あの頃の俺。 同じ失敗を繰り返さないように気を付けないとな。 うん、長い人生、これからも頑張っていこう。
そうだ、俺は一生こういう性格だ。
自分で自分が何をやっているかわかっている奴なんているのかよ? お前だってどうして俺とこんな話をしているのか、どうして俺にそんな話をしているのか、わかってないんじゃないか?
そうか。
戦場ヶ原ひたぎと初めて会った時、つまり2年前、俺は彼女の事を脆そうなガキだなと思った。 その感想は今も変わらない。脆く危ういと思った。 だからこそ今のあいつは奇跡だと思う。 あんなに壊れやすそうな人間が2年前も、今も、18年も、ずっと壊れずに来たというのは。 母親は壊れた。だが娘は壊れなかった。 これからどうなるのかは分からないが、しかし、少なくとも今この時に壊れることはない。 俺が千石撫子を騙すからだ。
おぉ、願い事。
願い事っていうのは、しかし人に言ってしまった瞬間叶わなくなってしまったりするよな?
初詣とかじゃな、自分の願い事は他の人には教えないものなんだよ。 言ったら願いが叶わなくなるつってな。
言葉なんて信用ならないからだろう。 口に出して誰かに逝ってしまった瞬間にそれは気持ちとはすれ違う。 言葉なんてのは全部嘘で全部ペテンだ。 どんな真実だろうと語った瞬間に脚色が入る。 あるように、ただあるように願いたければ、ただ願いたいのならその願いを決して口に出しちゃあいけないのさ。
そうだな。だから、だからその願いはかなわない。 お前がそんな願いをしゃべり続けたから、もうその願いを叶えることはできない。
俺は今日それを言わなくちゃいけないんだ。 それをお前に教えてやらなくちゃいけないんだ。 お前が殺したいと言っていた阿良々木暦はそれに戦場ヶ原ひたぎも忍野忍も昨日の夜交通事故で亡くなったんだよ。
【第26話 ひたぎエンド 其ノ陸】
千石撫子がこうもあっさりと俺の嘘を看破したのは、そもそもこいつは俺のことなんてまるっきり信用していなかったということだ。
だから騙すも何もなかったのだ。
俺はもっと心の問題を重視すべきだったんだ。
ここまでこの娘が心を閉ざしていたとは思わなかった。
心の闇ではなく闇の心だった。
誰の事も相手にしていない。
んっ。
美しい。
はぁ?誰に言っている? そして何を言っている? まるで自分は1度も嘘を吐いたことのないような言い草だな。 お前だって周囲のすべてを騙してきたくせに。
お前には誰かの願いを叶えるなんてことはできないよ。 お前、神様になったからって、自分の事を特別な存在だなんて勘違いしているんじゃないのか?
ぅん。
ぅん。
そう、おっ。
そうじゃ、ないな。
結局、お前は今に至ってもまだ、神様になってもまだ、昔と同じように、人間だった頃と同じように周囲にいいように振り回されているだけなんだよ。 可愛い可愛いともてはやされているように、神様神様ともてはやされているだけなんだ。 お前がお人形さんなのは今も昔もちっとも変わらねえよ。 そういうところ、俺の知っている女は違ったぜ。 あいつは神様に救われることを拒否したぜ。 楽になる事を、幸せになる事を拒絶したぜ。 俺はな、あいつはそのままの方が良いと思っていた。 なのに、あいつはあくまで神に頼らない生き方を選んだんだ。願ったんだ。 成り行きとか、出会い頭とか、何かのせいとか、そういう心地よさそうなのを全部否定してきた。 いろいろ気を回してやった俺を逆恨みする有様だぜ。 なぁ?お前とは大違いだろう?
扇?
そういえば分からないことがあった。 どうして彼女が、阿良々木が臥煙先輩から預けられていた、託されていた、神様の素のありかを知っていたのだろう? まさか、それを促したという誰かがいたというのか? 千石撫子を神様に仕立て上げた誰かが。 貝木さんも、ならば他にも千石撫子を騙そうとしただれかが、いつかどこかにいたということだ。 千石撫子を騙し、可愛がらずに神様に仕立て上げた誰かは、扇?
ぅ、あっ。
阿良々木は別に俺の行動とは関係がねえぜ。
千石、お前神様になんかなりたかったわけじゃないって言ったよな?
なりたくてなったわけじゃないって。
じゃあ、お前漫画家になりたいのか?
ぶっ。
あぁ見たぜ。見たんだ。10円玉でクルっと回して鍵を開けてな。 お金ってやっぱ大切だよな?
上手いじゃねぇか、絵。 しかもその内容が凄いって、なんだよあの蕩けるようなご都合主義のラブコメは? 80年代かよ。あんな男が現実にいるかよ。馬鹿馬鹿しい。 しかも展開的には結構エッチだったりしてな。
設定資料集もかなりの分厚さで、圧倒されたぜ。 しかしまぁ、設定盛りすぎだろ?あれはもうちょっとスマートにした方が万人受けすると思うぜ、俺は。
俺を殺しても無駄だぜ。 考えてはみなかったのか? いくらお前を猫可愛がりしているお前の親だって行方不明が続けばいずれはあのクローゼットを開けるぜ。 ま、でも今すぐ神様を辞めて人間に戻り部屋に戻れば問題なく自分の手で処分できるんじゃないのか? 見られるのがそんなに恥ずかしいんだったら。
そんな理由で、ねぇ。
じゃあお前、ぶっ、どんな理由なら、ぶっ、神様を辞められるんだ? 誰に話を聞いてもよ、戦場ヶ原から聞いても、羽川から聞いても、両親から話を聞いてさえ、 お前があんな趣味を持っているだなんて情報はなかった。 そこまでお前はかたくなにあれらの恥ずかしい創作物を隠しきったんだ。 お前は誰にも言わなかった。 それはつまり、おまえにとってそれが本当の夢だからだろう。 本当の願い事は他人にも、神様にも言うもんじゃないからな。 神様になったお前は幸せなんだろう。楽しいんだろう。だけどお前、神様になりたかったわけじゃないんだろう? たった半年待つだけの事であやとりに熱中してしまえるほど暇を持て余しているんだぞ? 阿良々木達を殺した後、一体どうするつもりなんだ? どれだけ幸せだろうと朽ちるのを見守る番人でしかないぞ、お前は。 貧乏くじだ。
お前は、神様になりたいわけでも、幸せになりたいわけでもなかった。 漫画かになりたかったんだろ?だったら何でならないんだ?
自分で作ったものをそんな風に言うもんじゃないぞ、千石。 創作は恥ずかしいものだし、それに夢も恥ずかしいものだ。 それは仕方がない。当たり前のことだ。 だが、少なくともそんな風に自分で卑下していいものじゃないんだぞ。 それに上手かったじゃないか。才能ってやつがあるんじゃないのか?お前。
だが、なろうと思わなきゃなれないものだぜ。 神様とか幸せとかと違って、それに神様ではなれないものだ。人間じゃなければ 千石、俺は金が好きだ。 なぜかと言えば、金は全ての代わりになるからだ。 物も買える。命も買える。人も買える。心も買える。幸せも買える。夢も買える。 とても大切なもので、そしてその上でかけがえのないものではないから好きだ。 逆に言うと俺はな、かけがえのないものが嫌いだ。 これがなきゃ生きていけないとか、あれだけが生きる理由だとか、それこそは自分の生まれてきた目的だとか、 そういう希少価値に腹が立って仕方がない。 阿良々木に振られたら、お前に価値はなくなるのか? お前のやりたいことはそれだけだったのか? お前の人生はそれだけだったのか? あのなぁ、千石。 あのなぁ、千石。 阿良々木と付き合うなんてかったるい事は代わりにどっかの馬鹿がやってくれるってよ。 だからお前は、そんなかったるい事は終わりにして、他のかったるい事をやれば良い。 やりたいこともしたいことも他にいくらでもあるだろう?あっただろう?違うか?
なぁ、千石お前にとって阿良々木以外の事はどうでもいいくだらない事だったのか? 両親の、あの善良な一般市民の事は好きじゃなかったのか? お前の中の優先順位で、阿良々木以外は全部ゴミか?
ならばどうしてだ? どうして阿良々木だけが特別扱いになる? あいつはお前の分身か何かなのか?
色々調べた。だが、そうだ、何も知らない。 重要なことは何も知らない。お前の事はお前しか知らないんだから。 だからお前の事はお前しか大切にできないんだぜ。 そしてお前の夢もお前にしか叶えられない。
良いんだよ、人間なんだから。 かけがえのない、変わりのないものなんかない。 俺の知ってる女はなぁ、俺のよく知ってる女はな、今している恋が常に初恋だって感じだぜ。 本当に人を好きになったのは今が初めてって感じだぜ。 そして、それで正しい。そうでなくっちゃ駄目だ。 唯一の人間なんて、かけがえのない事柄なんてない。 人間は人間だからいくらでもやり直せる。 いくらでも買いなおせる。 とりあえず、俺がくれてやった金で本格的な画材でも買いに行けよ。
あぁ、お前ならきっとなれるさ。 騙されたと思ってチャレンジしてみな。
こいつめ。
臥煙先輩に頼まれてな。 この娘を除霊していたところだ。 今回は詐欺師としてではなく、ゴーストバスターとしての仕事というわけさ。 この街に来たのはルール違反だが、しかし詐欺師としてではないから良いだろう。
お前の妹にしたのと同じことだ。
そう、もっとも今回は蜂じゃないがな。 千石、千石撫子の場合は蛞蝓だ。 蛞蝓豆腐。最も蛇神を封じられるほど強力な怪異ではない。 相変わらずのでっち上げられただけの偽物の怪異だからな。 千石撫子自身にぬらりと生きる蛞蝓を受け入れる気持ちがなければこうも拮抗はしなかった。
当たり前の事さ。 当たり前の事を言ったんだ。
恋愛だけがすべてじゃないとか。 他にも楽しみはあるとか。 将来を棒に振るなとか。 皆恥ずかしい青春を送ってきたとか。 暫くすればいい思い出になるとか。 そういう大人が子供に言うような、当たり前の事を言ったんだ。 だから何をしたかと問われれば、俺は当たり前の事をしたまでだ。
うるさいな、引っ込んでろよ阿良々木。 わきまえろ。お前が千石の為にできる事なんか何もないんだから。 お前が臥煙先輩から託されていたというお札はコレか?
そうか、ほれ。 今度は間違うなよ。これを使うべき相手を。
どこにも何も、俺は本来この街にいちゃ駄目なんだよ。 こんなところにいることがバレたら戦場ヶ原に殺されてしまう。 ちゃんとその子を家まで送ってやれよ、阿良々木。 蛞蝓豆腐は3日もすれば自然に離れるから、その後の心配もしなくていい。 どうしても離れないようなら塩でもかけろ。 そして後は、お前は一生その子に関わらないようにしてやるんだ。 いいな?さっさと思い出になってやれ。
分からないのか?お前はその娘の為に何をしてやることもできないんだよ。 お前がいたらその娘は駄目になるだけだ。 恋は人を強くすることもあれば、人を駄目にすることもある。 戦場ヶ原はお前がいたから多少は強くなったんだろう、しかし千石撫子はお前がいたなら駄目になるだけだ。 戦場ヶ原は俺がいたから駄目になった。それをお前が強くした。 ま、だから今回は適材適所というか、その借りを返してやったみたいなもんだ。
さぁな。さっきまで幸せだったみたいだが、別に幸せになることが人間の生きる目的じゃないからな。 幸せになれなくとも、なりたいもんになれりゃ良いんだし。 けどまぁ、なんにしても生きてりゃそのうち良い事あるんじゃねえのかよ。じゃあ、また会おう。
まぁ最低限のごまかしはしておいてやったから後始末は任せるよ。 老兵はただ去るのみ。あとは子供たちの時代だ。
これでお前とは終わり、ジ・エンドだ。
それじゃ。
駄目だ。
ふん、俺はそう思っていたな。
そうだな。で、それがどうした?
そうだな。お前は手紙を出すときには署名を忘れないように気を付けろ。
何のことはない。ホテルの部屋に差し込まれていたあの手紙の差出主が戦場ヶ原ひたぎであることなど見抜いたところで褒められるものではない。 ではどうして自分で依頼しておきながら、自分で手を引けなどと言ってきたかといえば、それはあいつが俺の事を良く知っているからだ。 手を引けと言われれば手を引きたくなくなってしまう俺の性格を戦場ヶ原ひたぎはよく知っているからだ。
しかし戦場ヶ原はともかく、臥煙先輩は本当はどこまで計算ずくだったのだろうか? 手を引けと言われれば、手を引きたくなくなるおれの性格を戦場ヶ原以上にあの人は知っているのだから、 ひょっとして、300万円という大金を俺に対して支払ったのは単なる資金援助という目論見があったのではないだろうか? 俺はあの女に、あの先輩にいいように踊らされただけではないのか?
それにしてもと思う。しかし、忍野の奴はこんな時にいったい何をしているのだろうか? あのお人よしが、子供の前では格好つけたがるあの男が、姿を現さないなんてことが果たしてあるだろうか? あいつは一体、今どこで何をしているのだ?
うっ、か。
そうだ、前に俺がこの街に来た時に騙した大量の中学生のうちの1人だ。 なんだこいつ、呪い返しにでもあったのか? ならばこの中学生が事の発端である千石におまじないを仕掛けた中学生なのかも知れない。 そういえば尾行者の方の正体は厳密には未だ不明のままだったな。 ならば尾行者はこの中学生だったのか?いや、違う。 人を尾行できるような正気が、こいつにあるとは思えない。 そう言えばさっき誰か人名を言っていなかったか?扇。誰だそれは? どこかで聞いたことの気のする名前だったが、俺はそれ以上考えることはできなかった。
地獄の沙汰も金次第という。 貯金のない俺だから、最後にいくらか小銭を稼いでおいて本当に良かったと心から思った。