まん丸い屋根の下

ぼくは、自分の中に溺れてみた 水面に映るぼくの影が さざなみに打たれて 砕けては また元通り ぼやけては またくっきりに

ぼくは、自分の中に溺れている 左手を出せば、そこはただの水でしかない ぼくはひたすら 虚空を掴もうとした 右手を出せば、そこは無間の暗闇でしかない ぼくの道を照らす光が どこにもなかった

ぼくは、自分の中に溺れたかった 重力にまかせて堕落しようとしているぼく この体をどん底に引きずろうとしているぼく

だんだん 息苦しくなっているのに なお自分の首に手をかけようとするぼく なおこの体を押し潰そうとしているぼく

ぼくは、墜ちた先の闇に 救いを求めていた

駅前で不安を配る人がいた。 「不安をお配りしております。いかがですか。」 「不安をお配りしております。いかがですか。」 そんなもの受け取りたくない。 そんなもの手に触れたくない。 「お願いします。これは今日のノルマです。」 「今日分の不安を配り切れないと、 わたしはこの不安に押しつぶされてしまいます。」 ならそれを生産するのをやめなさい。 なら在庫をため込むのをやめなさい。 「そんなの無理です。原料が無尽蔵に入ってきます。」 「そんなの無理です。不安は処分することができません。」 「ほら、受け取ってくださいよ。なんでわたしだけが こんなに不安を背負いこまないといけないのですか」 「ほら、受け取ってくださいよ。こうでもしないと わたしは幸せに暮らせないじゃないですか」

不安をお配りしております。いかがですか。

天井にこびりついている 煤のようなクモの死骸は やがて黒い雨となって この大地を覆う罪を 全て洗いざらい流した

窓を開けば 月の光がなだれ込んで 不必要な俺を押し潰した